2008.04.24 Thursday

しつこく、しつこく話しかけることの意味

 子どももやっと5ヶ月になりました。
今日、とある取材で何か育児方針でこころがけていることは? と聞かれてしばらく考えたあと(そんな方針など考えたことがなかったのが正直なところ……)、言葉はわからなくても、とにかく話しかける、ということと答えました。

 つい赤ちゃん言葉であやしたくなってしまいますし、それももちろんやっているのですが、何かあるときはできるだけ大人言葉で「話しかけて」います。

 たとえば予防接種。前もって「少しチクっと痛いけど、それは結核という病気にかからないためだからね。結核はね、あなたの曾おじいちゃんがかかって、肺のひとつが動かなくなっちゃったのよ。だからママは受けてほしいなって思うの」など。病院の待ち時間の時間つぶしもあってブツブツと話しかけていました。

 案の定、接種のときは大泣きでしたが、「よく我慢したね、偉いね」「これで結核は大丈夫だよ」と根気よく話しかけていると、ものの2~3分で機嫌が直り、接種したところを乾かすため手と身体をがっちり押さえていたのですが、暴れることもなく10分以上もじっとしていました。普段、そんなふうに身体を押さえつけたりしたら嫌がって身体を反らせて怒ります。

 わかっているはずもないのですが、ひょっとすると通じているかも、と思う瞬間がけっこう多いのです。暴れまくるおむつ換えも、「おむつ変えたらきっと気持ちいいよ。いつもそうでしょう。思い出してみようか」「ちょっとじっとしていてくれれば、そのあとすぐに一緒に遊べるからね」と話しかけたほうが、おとなしくなる回数が多い気がしますし、抱っこを求めてぐずっているときも「あのね、ちょっとだけ待ってて。本当にちょっとだけ。ちょっとおトイレ行ってすぐに戻ってくるからね」と顔を両手ではさんで胸をぽんぽんして言い聞かせると、その間は泣くのを我慢して待っていてくれる(ように見える)……。

 同じことでも繰り返し話しかける。最近これが大事だなと思うようになりました。そのほうが確実に子どもの様子が違う気がするのです。

 実は、会社でも同じことが言えます。組織はあるひとつの方向性に向かっているときがやはり強い。そのための方向性は、繰り返し繰り返し、何度でも言う必要があります。言うほうは、かなり強い思いをこめて話しても、受け手の興味の度合いによってはすぐに忘れられてしまう場合もあります。となると、繰り返しの物量作戦で何度も言っているうちに少しずつ浸透させていくというほうがよかったりします。

 これ、元はといえば、編集者時代に鍛えられたことでもあります。たとえば、「Domani的なもの」、つまりDomaniとしてよい企画、よいコーディネート、よい文章、よいデザイン。それは一口では言い表しにくいものでもあったりしますが、編集者やライターたちは、それが何かを仕事を通して語りつづけ、それが蓄積されて「共通見解」となり、読者にもしっかり伝わるのです。

 駆け出しのころは男性誌で仕事していましたが、「コレは違う!」と何度デスクや編集長に怒られたことかなあと懐かしく思い出されます。何度も何度も言われて、やっとその「キモ」が理解できた記憶があるのです。

 そんなわけで、今日も根気よく子どもに話しかける日々。わかってくれるという期待をこめて。

話しかけ.jpg

Profile

矢野貴久子


出版社、フリー編集者を経て'99年にネットメディア、カフェグローブ・ドット・コムを設立。多忙な30代を経て40代で不妊治療を開始し、'07年11月に45歳で男児出産。'08年2月に職場復帰したばかりの新米ワーキングマザー。その日常は自身のブログ「朝と夜のあいだに」にても執筆中。
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